2012-05

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

金環日食は雲のベールで見るべき!

金環日食は雲のベールで見るべき!

 5月21日の金環日食の日。
 月曜日なので、本厚木駅での朝の宣伝日。
 しっかりと、カメラ、日食眼鏡を用意して行きました。
 そこで撮れたのがこの写真。

 P5211065.jpg
 
 普通のデジカメです。
 フィルターも使っていません。

 この日は天気予報は「朝のうちは雨」。
 しかし、ひょっとすると、雲の隙間から見えるかな?
 見えたらいいな、と思いつつ、宣伝をしていましたが、
 7時20分を過ぎたころから駅前には金環日食を見る人だかり。
 
 だから、宣伝は一時中止。
 そして、雲が流れて、切れ切れに日食が見えました!

 雲のベールで見えたのがこの一枚!
 たまたま雲のベールがあったので、それがフィルターになりました。
 
 他は下の写真のようなものばかり。
 光が強すぎると、光って隠してしまいます。

 P5211047.jpg

  
 この日、市内のある小学校では、曇っていて見えないと判断し、テレビ中継の金環日食を体育館で見たそうです。

 その話を聞いてびっくりしました。

 見えないことも経験です。完璧なものは、後々映像でいつでも見ることができます。

 次の日食の時は、「あの時は見えなかった!、今度は見てやろう」と思うかもしれません。

 実際に見なければ、その時の雲の流れ、空気の湿り気、人々の興奮はわかりません。
 
 そんな、実物経験をさせなかった、教師の「完璧主義」に疑問を感じました。 

 
スポンサーサイト

復活した雄勝硯

 復活した雄勝硯

 東日本大震災の被災地訪問その②です。

 雄勝町に向かいます。
 雄勝町は、入り江の漁港にはもろに津波が押し寄せました。
 昨年行った時には、4階建ての小学校も中学校も津波をかぶり、屋上に大型バスが乗り上げ、人家は根こそぎ波にさらわれていました。地面にたくさんの硯が散乱していました。
 雄勝町は硯石・玄昌石の原産地。
 日本の硯の原石の9割も算出しているそうです。
 室町時代から生産されていましたが、江戸時代、伊達政宗が幕府に献上して有名になりました。
 「雄勝硯が復活したらしい」と言うので、探していきました。
 3畳ほどのプレハブの小屋が2棟あり、製作場所と展示販売コーナーです。

  P5020927.jpg
 硯の展示販売場。壁には先代の遠藤盛行さんの写真が。
 
 店主はエンドーすずり館の遠藤弘行さん。かつての工房は、地震後、第Ⅰ波の津波では大丈夫だったのですが、第2波で屋根までかぶり、すべて流されました。それを小高い所から見ていた思いはどんなだったことでしょう。遠藤さんは、昨年中は市役所雄勝支所でアルバイトをしていましたが、震災ボランテアの協力で、散乱した硯を拾い集め、今年1月から硯製作を始めました。私たちが行った時は、学校の先生が硯を買っていきました。

P5020926_20120523201010.jpg
  雑然としていますが、ここが作業場。
  ここからたくさんの硯が世に出ていきますように!
  
 展示の中で、硯石を平な板にして、螺鈿で桜を一、2輪浮き出したものがとても素敵です。「いくらですか」と聞くと「この前、海から拾い出したばかりで、まだ値も付けられないんです。しばらく見ていたい」とのこと。先代の作った椿模様の硯を買ってきました。昔の銘がしっかり彫ってありました。

被災地は復興の支援を待っています

被災地は復興の支援を待っています
 厚木市に大雨警報の出された5月2日、東日本大震災の被災地・雄勝に行きました。
 昨年3月11日の東日本大震災の時、二男が石巻市雄勝漁港にいて震災にあい、丸3日間音信不通。現地の人の誘導で九死に一生を得ました。
 昨年5月に現地をお礼かたがた見てきてから、2度目の被災地訪問です。

まだまだ、復興は道遠し 

 仙台で新幹線を降り、石巻市に向かいます。
 市街地はほとんど地震・津波の影響はありません。
 しかし、北上川を南下し、河口から5㎞以上入ったところでも津波の被害が歴然です。
 柱と屋根だけはあるが、窓もドアも流され住む人もなく、傾いています。
 個人の住宅の復旧はほとんど進んでいません。
 道路はあちこちで土嚢を積んでの応急措置のままです。

  P5020836.jpg

 P5020849.jpg

 P5020857.jpg

 最初についたのが大川小学校。
 東日本大震災の50分後に襲ってきた津波で、校庭に避難していた児童108名中70名が死亡したところです。
 学校の入口に慰霊碑が建立され、桜の花と鯉のぼりが飾ってありました。
 線香と花が手向けられていました。
 P5020895.jpg

 校舎の壁に卒業記念に描いた銀河鉄道の夜や、世界の子どもたちの絵がそのまま残っており、楽しかったであろう往時を偲ばせます。

P5020893.jpg

 石巻市の海岸部分で地盤が1m近く陥没し、集落が丸々水没したところがありました。そこに行くまで新たな道が作られていましたが、両側は池のようです。

P5020906.jpg

私たちは何ができるのか

 1年ぶりの被災地訪問でしたが、公共施設や会社は復活し操業しているものの、個人住宅の復興はまだまだ道遠しです。
 遠く神奈川に住む私に何ができるのか。改めて重い命題を背負って帰ってきました。

 こんな時期に、住民に負担を強いる消費税増税などとんでもない「愚行」だと怒りがこみ上げてきました。 




テーマ:沖縄米軍基地問題 - ジャンル:政治・経済

«  | ホーム |  »

ご挨拶

くぎまる久子

Author:くぎまる久子
 安倍暴走政治を許さない!
 戦争法案を、国民の反対を押し切って成立させ、立憲主義・民主主義をないがしろにしています。その流れは、国民のくらしや福祉の破壊につながります。地方自治体は、地域住民の福祉を増進し、国の悪政の防波堤とならなければならないのに、国言いなりの政治が続いています。
厚木市議会では、議員有志が党派を超えて戦争法反対の声明を出しました。これからも共同の力の大きくして、平和とくらしを守るために力を尽くします。
 私は、住民の目線で市政を見つめ、国政のひどさを実態として明らかにしながら、市民の幸せを実現するために頑張ります。
 現在、厚木市議会では議会改革を進めています。行政の監視役であり、市民の福祉増進のための政策立案を担っていくために議会・議員が質的向上をすることが求められています。私は、広報広聴特別委員会の委員長・副委員長として、市民に身近な議会の実現を図ってきました。
 これからも議員の役割をしっかりと果たして行きたいと思います、

プロフィール

●1947年、小田原市生まれ。。
●神奈川県立小田原城内高校、静岡県立女子短大国文科卒業。。
●平塚江陽中学校教諭、神奈川県職労愛甲支部書記。新婦人厚木支部事務局長・支部長を歴任。。
●1994年厚木市議会議員初当選。現在6期目。。
●市民福祉常任委員、広報広聴特別委員会委員長、厚木愛甲環境施設組合議員。。
●厚木市毛利台在住。

カレンダー

04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

くぎまるムービー


ブログランキング

 クリックをお願いします。 にほんブログ村 政治ブログ 地方自治へ
にほんブログ村

最近の記事

リンク

このブログをリンクに追加する

日本共産党 厚木市議員団


kugimaru.jpg
kayako2.jpg

スライドショー

       

15057157_POS-B_01_1.jpg 2014006_kenpo_01_1.jpg 201204_poster_01_01_1.jpg 20131031_himitu_01_1.jpg 201502-pos-fukushi_01_1.jpg

新着情報

ブログパーツ探すならココ!

カテゴリ

議会報告 (120)
活動レポート (277)
ちょっと一息 (158)
お知らせ (8)
未分類 (3)

携帯に更新情報をお知らせ

月別アーカイブ

ブログ内検索

最近のコメント

最近のトラックバック

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。